さばく1/5000



 理路整然と論理立てて考える傾向にあるのが男性であると言うならば、感情論に支配されがちなのは女性に多いと言える。
 戦争や被災で両親を失ってしまった子供の話を聞いては、かわいそうだと言う。病気や怪我で五体不満足になった人を見ては、かわいそうだと言う。それは純粋な感情から出る言葉でもあり、考え、解決することを放棄した故に出る言葉でもある。相手の傷をさらにえぐるような一言を口にする間に、相手の気持ちを考えてみるというプロセスは存在しない。言葉の刃とは、そういったことを言い表すのだと思う。
 短絡的な感情は時に、あまりにも簡単に人を傷つける。
 そんな「かわいそう」が今、私に向けられている。



 銀色の凶器が握られた右腕が、私に向かって勢いよく振るわれる。頭部の下当たりを狙われた死神の鎌に対して抵抗する術など無く、刃を身体で受け止めた私は、筋肉の収縮のせいか身体を大きく反り返らせる。
 この身を切り裂くためだけに研がれた刃物に身を引き裂かれ、いとも簡単にはらわたを抉られる。僅かな抵抗しか許されない、一瞬の出来事だ。この時点で、抵抗する力は全て失われる。
 不要な内臓類はゴミ同然とされて捨てられる。わずかににじむ血も、汚い物のように洗い流される。その頃には痛みも消え、完全に私の生命は途絶える。しかしそれで終わりではなく、残忍なその右腕は、私の胴体だけを残し……頭部までも……切り捨てていくのだ。
 そうして私は、生きていた頃とは種類の違う、完成された姿を持つことになる。



 完成された私の身体は、私と同様に捌かれた仲間と共に並べられる。どこだか全く知らされないままここに運ばれたが、必要以上の明るさが占める場所は、何かの展示場を思わせた。実際、展示場という推定もあながち間違いではなさそうだ。私たちの前を何人かが通り過ぎたり、立ち止まったりしては注視や物色の目をこちらに向けていたからだ。私はその視線が、目が、憐れみを含んだものにしか見えなかった。
 原型を思わせない無様な姿を晒されて、死してなお恥辱を受け続ける。耐え難い。しかし私、いや、私たちには一時の屈辱なんかはねのけてしまう誇りがあった。



 荒れ狂う世界。いつだって危険と隣り合わせ。毎日を無事に生きていける保証なんかどこにもない。一寸先は死が待っているかも知れない。……そんな環境で私は育った。
 私にはたくさんの仲間がいた。それこそ、数えきれない程の。しかし、世間の荒波に飲まれて、あるいは喰い殺されて、仲間は次々と減っていった。数えきれないほどいた仲間が数えるほどまで減るのに、さほど長い時間はかからなかった。
 時を経て、私はいつしか生まれ育った故郷を思い出した。その記憶は鮮明に甦り、じわじわと故郷への思いを募らせていった。やがて私は故郷を目指し旅立った。それは本能のようでもあった。
 荒波にもまれ、逆流に逆らい、それでも私は前に進んだ。想像を絶する道のりだった。何人もの仲間が旅路の途中で息絶えた。私は故郷への想いだけを胸に前だけを見て進んだ。そしてついに、私は故郷へ帰ってくることに成功した。



 数十万もの仲間のうちで、最後の数匹になるまで生き残った。それは、何物にも代え難い私の誇りだ。だから私は耐え続けることが出来るだろう。無惨な生身を晒されて、憐れみの目を向けられ続けるこの時間を……。






 それまで私をじっと見続けていた女性が、私を包んだパックごと取り上げ、手にした。






「……今夜はお刺身にしようかな?」



 えっ、ちょ、待って…………






 今、私があなたたちに言いたいことは一つだけ。

 ちゃんと残さず、食べてくれよ。





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